新しい年がスタートし、あっという間に一週間が過ぎました。
私の年初のブログは、吉田松陰先生の語録をひとつ選んで
皆さんにシェアするという企画の2番手となります。
【 吉田松陰先生の言葉 】
私が紹介する語録はこちらです。
凡そ人の子の
かしこきも
おろかなるも
よきもあしきも
大てい父母の
をしへに依る事なり
この松陰先生のお言葉は、
山口県萩市にある松陰神社境内の「学びの道」にあります。
『凡(およ)そ人の子のかしこきもおろかなるもよきもあしきも、
大(たい)てい父母のをしへに依(よ)る事なり。』
子どもには、賢い子もおろかな子も、
またよい子もそうでない子もいるが、
それは父や母の育て方によるところが大きいのである。
という意味になります。
(松陰神社 吉田松陰語録より)
これは、松陰先生が25歳の時、妹にあてた手紙の中で、
子育てをする妹の千代に対して、
親としての自覚を促すようにおっしゃった言葉だそうです。
私たちは勉強を学校で教わりますが、
子育てについては誰からも教わることはありません。
基本的に親は、日々試行錯誤しながら
子育てに追われているのではないでしょうか。
この松陰先生の言葉は言いかえると、
「子どもの成長は親次第!」とも言えますね。
でも、親もまた、自分の親から受けてきた
教育、しつけ、風習を受け継いでいます。
自分が経験していない、教えられていないことを
子どもに教えることはできません。
「子どもの成長は親次第!」なんて言われると、
親としては耳が痛いかもしれませんが、
子どもへの接し方について、ひとつの示唆を含んでいるように思えます。
親になると、子どものためと思って、
・早く寝なさい!
・早くしない! 遅れちゃうでしょ!
・汚しちゃダメでしょ!
・静かにしなさい!
・きれいに片付けなさい!
・勉強しなさい!
・何回言えばわかるの!
いろいろ気になって口を出してしまいます。
それは、
・立派になってほしい
・賢くそだってほしい
・よい子に育ってほしい
・優しい子になってほしい
・スポーツができる子になってほしい
・個性を発揮できる子になってほしい
・いっぱい稼げる子になってほしい
という願いから出てしまっている言葉なのかもしれません。
親が子どものことを思う気持ちは尽きません。
でも、その気持ちって本当に子どものことを思っているのでしょか?
あなたの、親の価値観を押し付けていませんか?
私の育った世代の価値観は、
勉強して、いい大学を卒業して、一流企業に入ること
それが、幸せな人生だと言われていました。
でも、その価値観は時代とともに変わってきています。
2000年に入ってから、ITの進化とともにネット社会が急速に拡大し、
私たちの生活環境は大きく変化してきました。
今、子どもたちが育っている環境は、
自分たちが育った環境とは大きく異なるにもかかわらず、
私たちは自分の価値観を子どもに伝えようとしています。
私たちが培った価値観は、幼少期に備わったものなので、
急に違うこと(知らないこと)を教えることはできません。
人は生まれたときに
・親(親代わりに育ててくれて人)がいて
・兄弟やおじいちゃん、おばあちゃんに囲まれた家族がいて
・ご近所さんがいて
・集落や町や村の地域があって
・日本という国があって
その環境で育っていきます。
子どもは、一番身近にいる親(親代わりの人)の
話す言葉や振る舞い、雰囲気を感じ取って育ちます。
また、一緒に生活している家族は一番小さなコミュニティです。
その生活の中でも、子どもはたくさんのルールを学びます。
さらに、生活している場所、地域社会のルールに従います。
地域ごとにいろいろなルールがあり、
それらが自分にとっての基本的なルールとなります。
私たちは日本人です。
日本人の考え方は外国の方とは異なり、日本人独自の価値観を持ちます。
このように、親をはじめ、育った地域や環境によって
その人の価値観は養われていきます。
その価値観は大人になっても基本的に変わることない、
生きていくうえでの基準となります。
人は自分で培ってきた基準をもとにして
自分の世界観で、自分のフィルターを通して世界を見ています。
私は私なりの世界を見ています。
あなたもあなたなりの世界を見ています。
同じものを見ても、ひとそれぞれ感じることが異なることはよくあります。
最初の松陰先生の句碑の写真を見ても
・なんて書いてあるのだろう?
・読み難い日本語だなぁ
・ここはどこだろう?
・いつ頃の季節かな?
・どれくらいの大きさかな?
など、ひとそれぞれ、注目する観点が異なるでしょう。
その結果、この句碑は、
・細長い石柱に当時の言葉で言葉が書かれている
・庭のようなところに、細長い石柱に言葉が書かれたプレートが貼ってある
・人と同じくらいの高さの割と大きい石柱に言葉が書かれている
など、いろいろな説明がされることになります。
【 準拠枠 】
TA心理学では、その人固有の世界観を「準拠枠」と言います。
準拠枠は人が成長していく過程で、様々な体験や経験、
教えを積み上げて築き上げていく枠組みのことです。
人は情報を入手する際に、自分の準拠枠を通して入手します。
人は情報を準拠枠を通して受け取る際、歪曲してしまったり、
誇張してしまったり、過小評価してしまったりするため、
本来の情報の内容や意図が正確に伝わらないことがあります。
準拠枠は、自分のパーソナリティを包むように
幾重にも重なっています。
一番深いところ(内側)から順に
・両親が教えてくれたこと
・自分の初期体験で決めたこと
・学校で学んだこと
・仲間との関係から学んだこと
・様々な体験・状況
・今どのように感じているか
と外側に向かって重なっていきます。
外側の枠ほど、与えられた情報に影響を与えることなく、
内側になるにつれ、情報に影響を与えることになります。
このように、両親から言われたこと・見たこと、聞いたことは、
自分の価値観・物事を判断する基準を構成する重要な要素となり、
自分の人生を大きく左右するものとなっていきます。
【 人生脚本 】
また、TA心理学では、私たちの人生を、
生まれてから死ぬまでの一つのドラマとして捉え、
ドラマを演じるための脚本が存在しているという考え方があります。
その脚本のことを「人生脚本」
もしくは単純に「脚本」と呼んでいます。
脚本は、
早期の(幼少期の)決断に基づいた無意識の人生のパターン
です。
たいていの場合、その早期決断は、
子どもの頃に自分自身が意識することなく
無意識に行われています。
そして、両親や、子育てに関わった人たちと
一緒に過ごした環境の中で補強され、
両親以外の人たちとの人間関係の中で起こる様々な出来事によって
「やっぱりね」「そうだよね」と正当化し、納得し、
いろいろな選択肢があるにもかかわらず、
最終的に同じ結果を選択してしまうようになるのです。
大人になってからの生活パターンや様々な出来事に対して、
無意識に、自動的、反射的に反応してしまう行動は、
幼少期の経験に大きく影響されているという考え方は、
TA以外の心理学でも言われています。
脚本はどのように作られていくのでしょうか?
脚本のネタ(元)は、生まれてから4~5歳までの体験から集められます。
親や親せき、特に親代わりになっている大人の言動やしぐさ、
家のルール、しきたりなど、見たり、聞いたり、感じたりしたことを
どんどん記憶していきます。
記憶したものは潜在意識として蓄積されていきます。
これが脚本の原型となるもので、価値観や基準はこの頃に作られます。
松陰先生のおっしゃる通り、
子どもの成長は、父や母の育て方によるところが大きいのです。
私も一人の親として、子どもに対して、自分の考えを押し付けることなく、
まずは話をしっかり聞いて、ひとりの人として対応するようにしています。
話をしっかり聞くことで、自分自身を客観的に見つめ
主観的な押しつけにならないように心がけています。
【 絵本の読み聞かせについて 】
私自身のテーマでもありますが、
親の枠を超えた、枠に影響されにくい子育ての
有効な手段として「絵本の読み聞かせ」があると考えています。
絵本は、ハッピーストーリー、サクセスストーリーが多く
優しい言葉・美しい言葉で綴られています。
言葉と絵によってイメージを膨らませます。
そして、絵本は、感情があふれ出します。
絵本の世界は今も昔も未来も体験できます。
海の中にも宇宙にも行けます。
お侍さんにも、魔法使いにも、小人にもなれます。
喜怒哀楽の感情も体験できます。
このように、子ども達は、親の枠を超えた世界を
絵本の読み聞かせを通して体験することが出来ます。
読み聞かせをするのは親の役目です。
親として影響を与えながら、しかし親の枠を超えて
子どもたちの世界観を作ることができるのです。
「TAと絵本」の関係については、今年度の私のテーマとなっています。
詳しくは別の機会にお話ししたいと思います。